民間発注者に「適正工期で発注を」は無理な注文か?

2024.07.20

 
 
<シリーズ>建設業はどうなるのか
「民間発注者に「適正工期で発注を」は無理な注文か?」
 
前回のアップから日にちが空いてしまいました。
本ブログは非定期のアップなので、お許しください。
 
本年4月から建設産業にも「残業の上限規制」が強制適用されています。
この規制そのものは5年前から始まっていましたが、建設業や運輸業などは「対応に時間がかかる」という理由で適用が猶予されてきました。
その猶予期間が終わったのですが、中小企業は、それまで何も準備してこなかった会社が多く、かなりの騒ぎになったわけです。
 
公共工事が多い土木分野の会社は、発注者が国や自治体なので、単価の引き上げや工期延長が比較的スムースに受け入れられているようです。
しかし、民間発注者が多い建築工事はそう簡単にはいきません。
それは当然です。
 
単価の引き上げは事業収益の悪化につながりますので、民間会社はそう簡単に飲むことができません。
また、工期延長で建物の完成が遅れれば、民間発注者は収益の回収が遅れ、経営に影響が出ます。
結果、価格および工期延長交渉がスムースに進展しているとは言い難い状況が続いています。
 
7月8日付けの業界紙に「国交省が、民間発注者への適正工期を働きかけ」の記事が掲載されました。
表題を見て、国交省がデベロッパーなどに「適正工期で発注せよ」と注文を付けたのかと思いましたが、それは勘違いでした。
国交省が都道府県と政令指定都市に対し、以前「民間発注者へ適正な工期設定を働きかけよ」と要請したことへの実施状況の調査のことでした。
 
それで、「この調査の結果は?」というと、3割程度の回答だったということです。
そして、「この調査の後は・・」というと、その後の情報はありません。
こうした「やってます」感だけの調査は、まさしく官僚発想です。
 
国交省は分かっているのです。
多種多様な民間工事において標準となる適正工期なるものが存在しないことをです。
どのような工事であれ、民間発注者と請負者(建設会社)の双方が合意した工期が「適正工期」なのです。
ゆえに、国交省の「適正工期を働きかけよ」は、意味も効果も無いのです。
 
建設会社が「無理です」と言うのを、「そんなら、もうお前は使わないからな」と脅して、無理やり同意を強制したならば、それは「不適正工期」になります。
しかし、建設会社が「分かりました。それで完成させます」と言ったのであれば、それは「適正工期」なのです。
当然、A社とB社で違う回答が出ることはありますが、その2つの工期のどちらも「適正工期」なのです。
こうしたことを無視して、発注者に「適正工期で発注せよ」は無理な注文なのです。
発注者側から提示される工期で「請ける/請けない」は、建設会社の胸先三寸です。
そして、その妥当性の判断は、当の建設会社にしかできないのです。
それなのに、「発注者は残業規制のことも考えろ」なんて言われても無理の上に無理を重ねるだけです。
 
企業発注者でもそうなのですから、一般消費者が発注者の住宅建築は、ローン支払いもからむため、公が入る余地はまったくありません。
工期も価格も両者の交渉の結果で決まるしかないのです。
 
こうした実態を、国交省が分からないはずはありません。
有効な策など無く、あるとしたら「無理な工期を強制された」との訴えがなされた時に介入することぐらいなのですが、実際は皆無です。
 
私は、建設会社時代、いくつもの工事の現場監督や設計業務を行ってきました。
その意味ではプロですが、それでも適正な工期や発注価格などを断定することはできません。
その私は、現在、自宅の建て替えで建設会社と工期と価格の交渉を行っています。
次回から、その交渉を通じて、発注者と建設会社の双方が成り立つ方法を解説していきます。
 
【バックナンバー】
2024.07.25「民間発注者に「適正工期で発注を」は無理な注文か?」
2024.04.15「残業規制と人手不足のダブルパンチをどう乗り切るのか?」
2024.02.05「請け負けは受注商売の宿命」
2024.01.22「残業規制」